
がん予防の展望―――予防にまさる治療はない
財団法人札幌がんセミナー理事長 小林博先生
一昔までは、がん予防は不可能、あるいは眉唾ものと受け止められていた。しかし現在はサイエンスをベースとして、がんの予防が堂々と論じられる時代になってきた。「予防にまさる治療はない」の格言を謙虚に受け止め、できるだけ健康に長生きする――いわゆる「健康寿命の延長」こそが、がん予防の最大の狙いと考えたい。
そのためには、
1. 先ずがんにならないようにすること(一次予防)、とくに悪性度の高いがんにならないこと。
2. さらに、がんになるにしてもその罹患時の年齢を極力遅らせること。
3. さらに、がんの早期発見(二次予防)と適切な治療によって、患者ががんで死なないようにすること。
4. それが仮に適わないときでも、健康寿命の延長―――つまり健康な状態のままでの死亡の年齢をできるだけ遅らせること、である。
以上の4点を最大の目標とし、全ての英知を尽くし、最後は天命に従い尊厳をもって死の床につけるようにしたいものである。
現在、医療の現場ではがんと診断がついても、半分は治るといわれるようになった。治癒率が10%にも満たなかった私の学生時代とは隔世の感があるが、しかしそれでもわが国の現在のがん死亡者は、年間30万人を下らない。治せない半数は何をしても助けられず、そのためがん医療は「死を看取る医学」とまでいわれて緩和医療が行われていきた。そのような中で「がん予防」が求められ、反面「そんな馬鹿なことが!」と一笑に付されてきたのが現状である。
しかし今ようやく、「がんは予防できる」といえる時を迎えている。だがそれは、「一生、がんに罹らない。がんは撲滅される」ということを意味するものではない。それは、仮に50歳でがんに罹る人がいるとして、その人の発病を10年遅らせる、そして早期発見、早期治療、最新の治療によって、最後の時を5年、10年先に延ばす―――ということである。人間はがんの有無にかかわらず、いずれ死ぬ存在なのだから、発病時期と死亡時期を先送りにすることを目標にすればよい。
がんは発見される1センチ大になるまでには、1個の正常細胞ががん化を始めてから30代の細胞分裂を経ることが知られている。非常に長い年月を要し、また、この大きさ程度なら切除も容易であるが、それ以後は細胞分裂の度ごとに急激に大きくなり、始末に負えないものとなっていく。そうした現実に立って予防を考える場合、あらゆる段階が対象となる。まず、1個のがん細胞の発生を予防することに始まり、それが1万個、10万個、100万個へと増えていくあらゆる過程で、がん細胞の増殖を抑えていくことが予防につながる。
「がんは一日して成らず」ということが予防のチャンスに繋がるのであるが、しかし現実問題となると非常に困難が伴ってくる。そうした中で、私たちは近年、アメリカからの情報に驚かされることとなった。
それは高齢者が増えていく以上、がん患者は増え続けるものと考えていた私たちの予測を裏切って、アメリカでは1990年代からがん罹患率、がん死亡率がともに減少し始めたという統計である。死亡者が減るのならば、治療の進歩ということで理解できるが、罹患者が減るということは私には驚きであった。
ここで貴重な調査データをご紹介したい。それは、英国のドール教授による調査で、あらゆる種類のがんになり得る全ての原因をピックアップして発がんの確率を計算した結果であるが、それによれば第1位は食事に関わるもので35%、第2位は喫煙で30%、感染率が約10%、その他セックスとか添加物などが列挙されているが、単品での最高の発がん率は喫煙である。しかも喫煙は、肺がん以外にもほぼ全種類のがんを誘発する因子である。
発がん因子として予想外なのは感染症で、とくに開発途上国においてはウイルスだけにとどまらず、寄生虫やピロリ菌なども挙げられている。この種の調査はドール教授だけでなく多くの教授が実施して、ほぼ同様の結果が得られているので尊重すべきであろう。
そこで留意していていただきたいのは、喫煙は自発的に止めることができる点である。タバコを止めたらどうなるかという調査を見ると、止めて10年経ったときに肺がんになるリスクは30〜50%も減る。食道がんのリスクは5年間の禁煙で、また膀胱がんは2年間の禁煙でリスクが5%減り、膵臓がんは禁煙してもリスクは下がらないが、そのような結果を平均してみると、10年間の禁煙によってがんのリスクは30〜50%も減るというのである。
現在これほど効くがんの薬はないし、それさえやめればがんになる危険が半分になるというようなアプローチは、他にはない。がんに対するとき、タバコを止めることは必須の条件なのである。
もう一つは、日常の食べ物である。ここにお見せする一覧表は、世界中の食品についての発がん予防に関する5,000余りの論文を、10数名の専門家が解析した結果を示したもんである。
表の上覧には口腔・咽頭・食道がんから始まって、胃・大腸・腎臓・膀胱などあらゆるがんが列挙され、横の欄にはリスクファクターとしてアルコール・脂肪・塩・肉などが並んだ最後の方にタバコがある。それぞれの項目が交差した欄には上向きの矢印が記入され、それが発がんの危険性を示している。
例えばアルコールを見ると、乳がん・直腸がん・肝臓がん・肺がん・食道がん・咽頭がん・口腔がんなどに矢印が書かれている。塩も矢印が多くて塩蔵品が危険であること、また脂肪やコレステロールや肥満の欄にも矢印が目立ち、早熟も発がん因子であることがわかるが、何といってもタバコの矢印は圧倒的に多く、ほとんど全ての臓器のがんに原因なのである。
反対に発がんを防ぐ面を調べた一覧表を見ると、野菜や果物が高く評価されているし、「冷蔵庫で胃がんが減る」とあるのは、食品の塩蔵が冷蔵に変わって塩の摂取量が減ったことに連動した現象である。表の中で「運動が大腸がんの予防に有効」とあることも面白い。
そしてこれらの要素が、がんだけでなく高血圧や心筋梗塞など生活習慣病に対しても有効との報告もなされている。つまり生活習慣を変えることは、多くの疾患の改善とともにがんの予防にも有効なのである。
一例として、食べ物から肉や脂肪を減らす生活習慣の改善だけで、肺がんは20%、大腸がんは90%、乳がんは50%、膵臓がんも50%減る。その結果、平均で35%ものがんを減らし得るということを、調査に当たったドール教授は述べている。
これとは別に、化学製剤を使ってがんを予防しようという動きもある。たとえば胃がんに対してはピロリ菌を除去する薬を使い、大腸がんには抗炎症剤が使われる。肺がんは禁煙にまさる薬は無いと思うが、乳がんにはタモキシフェンが使われる。これは治療薬であるが米政府はこれと大腸がんに対するCOX-2阻害剤の二つだけを予防薬として認可している。
がんの化学予防の特徴は、がんになる一つの臓器に一つの薬が対応していることでるが、このようながん予防薬と対照的なのが茶カテキンである。ビタミンCやEが示すような抗酸化作用によって、茶カテキンはさまざまながんに有効性を発揮する。
また、キノコのサルノコシカケの一種から製剤されたPSK(クレスチン)という抗がん剤も、多くのがんに有効である。作用の幅も広く、免疫細胞を活性化する一方で、免疫を損なうような物質を除いたり、高酸化作用によって染色体の突然変異を抑えたり、がん細胞の転移を抑える、凝集を抑える、アポトーシスを誘導するというように、多岐にわたる特徴的な働きをする薬である。ところがその働きの一部に着目して精製してみると、働きがどんどん欠けていってしまうことがわかった。精製しないままの方が良い。仮にこれを予防薬として使えば、かなり多くの臓器に対して使えるであろう。
ここでもう1つ述べておきたいのは、たとえがんになっても、転移しなければそれほど怖がらなくてもよいということである。がんの悪性化――その最たるものが転移である。がんの怖さは、大きさではない。小さくとも、転移しやすいものは恐ろしいのである。すなわちがんは「量ではなく質である」ということであって、転移しないがんであれば無理に戦うことはない。
しかし一方、がんを早期発見して小さいうちに対処するという処置は正しいのだが、その理由は、早期がんならば悪性化していないからである。
最後に触れておきたいことは、老化はさまざまな病気の温床になりうるという点である。だから高齢に達したら、自らが「半健康」で当たり前、その状態が正常だと考えるのがよいのではなかろうか。
そう考えられれば、がんに対する認識も少しずつ変えることができる。十分に高齢であれば、そして苦しまないでいられれば、「がんを撲滅しなくとも最後まで付き合っていく」とう道が見えてくるであろう。
生命維持のために管や道具に繋がれて耐え抜くという治療は、次第に選択肢から外れてきている。制がん剤に対する考え方も2000年ころから変わってきて、「がんがあってもよいのではないか。苦しまない時間をできるだけ長くしよう」ということに目標が置かれるよういなってきた。がんを小さくさせられなくとも、副作用を伴わないで健康寿命を伸ばすことに重点が置かれるようになってきた。その上で、がんが更に小さくなるのなら更によい。このように、従来の制がん剤に対する考え方が逆転したのである。
人は誰でも何らかの原因で、いつかは死を迎えるのであるから、苦しまずに尊厳をもってその時を迎えられること――それが、これからのがん予防を考えていく上でのポイントになるであろう。
